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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)8589号 判決

原告

富田正夫

原告

池奥寛吾

原告

富本祐吉

右三名訴訟代理人弁護士

田中庸雄

被告

池中運送株式会社

右代表者代表取締役

池中フミ子

右訴訟代理人弁護士

上條博幸

右同

島本信彦

主文

一  被告は原告富田正夫に対し、金三一四万一〇六六円、及び内金一〇四万七八三〇円に対する平成三年一一月一二日から、内金二四万二五七一円に対する平成四年四月一六日から、内金二八万〇一三二円に対する平成四年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告池奥寛吾に対し、金二六七万〇六四四円、及び内金八九万四九八四円に対する平成三年一一月一二日から、内金一九万〇三六八円に対する平成四年四月一六日から、内金二四万九九七〇円に対する平成四年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告富本祐吉に対し、金二五三万一八九六円、及び内金八二万九五九六円に対する平成三年一一月一二日から、内金一九万三七三〇円に対する平成四年四月一六日から、内金二四万二六二二円に対する平成四年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告池奥の被告に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告富田正夫に対し、金三一四万一〇六六円、及び内金一〇四万七八三〇円に対する平成三年一一月一二日から、内金二四万二五七一円に対する平成四年四月一六日から、内金二八万〇一三二円に対する平成四年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告池奥寛吾に対し、金二七三万二一六四円、及び内金九二万五七四四円に対する平成三年一一月一二日から、内金一九万〇三六八円に対する平成四年四月一六日から、内金二四万九九七〇円に対する平成四年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告富本祐吉に対し、金二五三万一八九六円、及び内金八二万九五九六円に対する平成三年一一月一二日から、内金一九万三七三〇円に対する平成四年四月一六日から、内金二四万二六二二円に対する平成四年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告らは被告の従業員であり、全日本運輸一般労働組合北大阪支部池中分会(以下、組合という)の組合員である。

2  組合と被告との間には、労働条件に関し、期限の定めのない労働協約があり、毎年確認ないし改定されているところ、原告らも右労働協約の適用を受け、労働契約の内容となっている。

3  平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの労働条件

(一) 年間所定労働時間 一九一二時間

(二) 一日の拘束時間 午前八時から午後四時までの八時間 うち休憩時間は一時間で実働七時間

但し、第一、第三土曜日は午前八時から午後〇時までの実働四時間

日曜日は休日

(三) 時間外労働の賃金割増率

早出・残業 二割五分増し

深夜 五割増し

深夜を除く休日 五割増し (被告は労働基準法どおり、二割五分増しであると主張するが、(証拠略)の協定書に明示の記載がないが、(証拠略)などの給料支払明細表に休日深夜と一括記載されていることに照らすと五割増しの労働条件になっていると考えられる)

(四) 時間外労働時間の計算は一月分を合計し、五分未満を切り捨てる。

基礎単価の計算において一か月の所定労働時間は一六九時間と計算するものとする。

二五日を出勤日とし、七時間×二三日+四時間×二日

(五) 時間外手当の計算の際、労働基準法によれば基礎賃金には本給、住宅手当、皆勤手当、無事故手当及び調整手当を含めるべきところ、これらの手当のうち無事故手当及び調整手当を基礎賃金に含めない旨の労働協約がある。被告は、時間外手当の計算に際し、基礎賃金に、住宅手当及び調整手当を含めず、皆勤手当及び無事故手当のうち一部のみ含めて計算する取扱いをしていた。

(六) 時間外手当の支払いは、毎月二〇日締めの当月末日払いとする。

4  平成二年四月一日から平成三年三月三一日までの労働条件

時間外手当の計算の際、基礎賃金に無事故手当、調整手当を含めないとの労働協約部分が削除された外は従前どおり。

5  平成三年四月一日以降の労働条件

年間所定労働時間を一九五八時間、休日の時間外労働の割増率を五割(〈証拠略〉)と労働協約で改正された外は従前どおり。

二  当事者の主張

1  原告らは、別紙時間外手当計算書時間外就労時間欄記載(期間に関し、平成元年七月分ないし同三年九月分については同計算書1ないし3、同年一〇月分ないし平成四年二月分については同計算書イないしハ、同年三月分ないし一〇月分については同計算書(1)ないし(3)、個々の原告分に関し、原告富田分は同計算書1、イ、(1)、原告池奥分は同計算書2、ロ、(2)、原告富本分は同計算書3、ハ、(3)にそれぞれ記載されている)のとおり、平成元年七月から平成四年一〇月まで時間外労働をしたが、前記のとおり被告は時間外手当の計算に際して、基礎賃金に住宅手当及び調整手当を含めず、皆勤手当及び無事故手当のうち一部のみ含めて計算する取扱いをしていたが、これらの取扱いや前記第二、一、3、(五)記載の労働協約部分は、労働基準法に違反しているから無効であるとして、右計算書記載のとおり計算すると右計算書未払い時間外手当(差額)欄記載のとおり、未払い分の時間外賃金請求権が発生した、と主張してその支払い及びこれと同額の付加金の支払いを求めている(前記第一の各項記載の当初の金額は、未払い賃金額と付加金を合算したもの、内金額は順次平成元年七月分ないし同三年九月分、同年一〇月分ないし平成四年二月分、同年三月分ないし一〇月分の各未払い賃金額を記載したものであり、付帯請求は各未払い賃金額について支払日の翌日の後である訴状ないし各訴状訂正申立書各送達の翌日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めている)。

なお、既払い分の時間外手当は、次の部分を除く外は別紙時間外手当計算書の各会社支給の時間外手当欄記載のとおりであり、支払い金額は当事者間に争いがない。すなわち、原告池奥についての同計算書2のうち、平成元年一〇月分は二万六九七七円増加して一二万〇九七六円(弁論の全趣旨)、同年一二月分は二六八四円増加して一四万〇六八四円(〈証拠略〉)、平成二年六月分は一四五五円増加して八万三八〇五円(〈証拠略〉)。

2  被告は、右支払い義務を次のとおり争っている。

(一) 前記第二、一、3(五)記載の労働基準法に反する労働協約部分や被告が時間外手当の計算に際し、基礎賃金に、住宅手当及び調整手当を含めず、皆勤手当及び無事故手当のうち一部のみ含めて計算する取扱いは、被告と組合ないしは原告らとの合意に基づくものであることから、未払い時間外手当は存在しない。

(二) 前項記載の協約部分や合意が労働基準法に違反するとしても、組合や原告らはこれまで右協約部分及び取扱いを受け入れてきたこと、被告はこれまで経営危機に直面しており、その中で何とかやり繰りして時間外手当を支給してきたことから、原告らが労働基準法に違反する労働協約部分があるとか時間外手当の未払い分があるとか主張するのは信義則に反する。

(三) 被告は、平成三年八月二四日、組合に対して労働協約の解約を申し入れたから、九〇日以上経過した同年一一月二四日には失効し、以後は労働協約に基づいた時間外賃金の請求は出来ない。

(四) 原告らの時間外勤務時間の申告には、原告らが作成・提出する作業日報により申告された労働時間と原告らが乗車する貨物自動車設置のタコグラフの記載から読み取って算出される労働時間とにはずれがあり、平成三年一〇月から同四年九月までの間別紙労働時間過大申告一覧表(略)記載のとおり過大申告があるなど、原告ら主張の時間外勤務時間、すなわち給料支払明細表記載の時間外勤務時間は正確ではない。

3  争点は、被告の右2、(一)ないし(四)記載の主張の当否である。

第三争点に対する判断

一  時間外手当の計算に関する労働協約及び合意(第二、二、2、(一)の主張)について

時間外手当の計算の際、基礎賃金に無事故手当及び調整手当を含めない旨の労働協約は、労働基準法三七条二項に違反し無効である。また、基礎賃金に、住宅手当及び調整手当を含めず、皆勤手当及び無事故手当のうち一部のみ含めて計算する取扱いが、被告と組合ないしは原告らとの合意に基づくものであったとしても、これらの合意は同様に労働基準法三七条二項に違反し無効であると解すべきである。

二  信義則違反(第二、二、2、(二)の主張)について

昭和五二年ころから、被告社員の不祥事を契機として被告の経営は悪化していった。他方、平成元年度の労働協約(〈証拠略〉)において、時間外手当計算の際の基礎賃金に無事故手当・調整手当は含めない旨規定されているが、組合は労働協約締結当時、この協約部分が労働基準法に抵触することを知らなかった。被告は時間外手当の基礎賃金の計算において平成元年七月分以降住宅手当・調整手当は算入せず、皆勤手当・無事故手当については一部算入しない取扱いをしてきた。組合は、これらを算入するようこれまで被告に要求してきたが実現せず、結局この取扱いに同意した。組合は平成元年ころ、平成元年度の前記協約部分や、右各手当を基礎賃金の計算において算入しない取扱いが労働基準法に反することを上部組合や弁護士に指摘され、以後被告にこの点を含めて改善するよう求めたが前記のとおり実現せず、労働基準監督署にこの問題を持込んだところ、労働基準監督署は、口頭ないし文書で被告に対し、労働基準法に反する取扱いを是正するよう指導・勧告した。しかし、被告はこの指導・勧告に従わなかった(原告富本、被告代表者及び弁論の全趣旨)。

そうすると、経営が悪化したからといって労働基準法に従った時間外手当の請求を拒む正当に事由になるとは言えず、組合は被告の右取扱いに積極的に同意したものではないから、これらの事実によっては、原告らが労働協約の条項が労働基準法に違反すると主張したり、労働基準法に違反する時間外手当の計算方法によって時間外手当の未払い分があるとか主張することが信義則に違反するとまではいえない。

三  労働協約の解約(第二、二、2、(三)の主張)について

(証拠略)の申入れ書によれば、労働協約の解約が申入れられているとも解されるが、労働協約が解約されても、新たな労働協約の締結などによって労働条件が変更されるまでは、従前の労働条件は直ちに失効せず、効力を有すると解すべきであるから、この点についての被告の主張は理由がない。

なお、その後、組合と被告間において協定書が締結されて従前の労働条件が確認されているが(〈証拠略〉)、被告代表取締役印が押印されていないので正式の労働協約が新たに締結されたとは認められない。

四  時間外労働時間(第二、二、2、(四)の主張)及び未払い時間外手当について

証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告らが別紙時間外手当計算書時間外就労時間欄記載のとおり、時間外勤務についたこと(〈証拠略〉によれば、原告池奥の平成元年一二月分と平成二年六月分については、その主張時間よりも給料支払明細表時間外勤務欄記載の金額の方が時間数が多いが、少なくともその主張時間は時間外勤務についたと認められる)、そして、未払い時間外手当を計算すると、別紙時間外手当計算書未払い時間外手当(差額)欄記載のとおりの金額となること(但し、池奥についての同計算書2のうち、平成元年一〇月分については、前記第二、二、1の認定によれば被告支給額が一二万〇九七六円で同計算書労基法所定の時間外手当F欄記載の一二万〇六二〇円を越えているから未払い分はないこととなり、同年一二月分については、同認定のとおりに既払額を二六八四円増加訂正すると未払い額は三万六四一六円に、平成二年六月分については、同認定のとおりに既払額を一四五五円増加訂正すると未払い額は二万四三七七円に、その分それぞれ減少するので、平成元年一〇月分ないし同二年九月分の未払い時間外手当は合計三万〇七六〇円減少して八九万四九八四円となる)、を認めることができる。

なお、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、作業日報による原告らの申告に基づいて給料支払明細表の時間外勤務欄が記載されていたこと、作業日報の出庫時刻・入庫時刻欄に記載された時間とタコグラフに記載された車両の作動時刻との間に食い違いがあり、出庫時刻よりも遅く車両が作動を開始し、入庫時刻よりも早く車両が停止している場合があること、定められた昼食時間帯よりも長い時間車両が停止している場合があることが認められるけれども、他方、作業日報の出庫時刻・入庫時刻欄には、原告らは、勤務の開始・終了時刻をそれぞれ記載しており、車両の実際の出庫ないし入庫時刻を記載しているわけではないので、タコグラフの記載との間に時刻のずれが当然生じうること、原告らは、タコグラフでは車両が停止している記載となっていたり、タコグラフに記載がないために被告が過大申告であると指摘する時間帯は、車両の点検、他の車両の移動、給油ないし給油待ち、作業日報・タコグラフの記入、洗車、積荷の積込みないしその順番待ち、配送先への納入指定時間待ち、などに従事しており、勤務についていたものであること、もそれぞれ認められるものであり、過大申告があったとまでは認められないから、給料支払明細表の時間外勤務欄の記載が正確でないとはいえない。

五  そうすると、原告富田は平成元年一〇月分ないし同三年九月分の未払い時間外手当として金一〇四万七八三〇円、平成三年一〇月分ないし同四年二月分として金二四万二五七一円、平成四年三月分ないし一〇月分として金二八万〇一三二円の合計金一五七万〇五三三円、原告池奥は平成元年一〇月分ないし同三年九月分の未払い時間外手当として金八九万四九八四円、平成三年一〇月分ないし同四年二月分として金一九万〇三六八円、平成四年三月分ないし一〇月分として金二四万九九七〇円の合計金一三三万五三二二円(請求金額よりも三万〇七六〇円減少)、原告富本は平成元年一〇月分ないし同三年九月分の未払い時間外手当として金八二万九五九六円、平成三年一〇月分ないし同四年二月分として金一九万三七三〇円、平成四年三月分ないし一〇月分として金二四万二六二二円の合計金一二六万五九四八円(及びこれらに対する付帯請求分についても)の支払いを求めることが出来る(原告富田及び同富本は請求金額と同一)。また、これらの未払い時間外手当と同額の付加金の支払いを被告に命ずるのが相当である。

(裁判官 黒津英明)

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